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豊臣秀吉・豊臣秀長の出生出身地「尾張国・中村」

豊臣秀吉・豊臣秀長ゆかりの「中村区」「中村公園」「豊国神社」

豊臣兄弟!

豊臣秀吉・秀長が生まれたとされる場所は、愛知県名古屋市中村区内の現「中村公園」という所で、そこには「豊国神社」があります。

「中村」の地名の由来は、平安時代中期に作られた辞書『和名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)に、「中村郷」という記述が有ります。

当時の「中村郷」は、現「中村公園」一帯の事で、庄内川近くにあり水田広がる地になります。

当然、現在ではそんな水田など殆どなく、住宅が広がっています。
(名古屋駅から中村公園までの直線距離はおよそ3km)

戦国時代の中村郷は、上中村、中中村、下中村と3つに分かれ、豊臣秀吉・秀長の出身地は中中村とされている。

その中中村は、現在の名古屋市中村区中村中町あたりということになり、中村公園からは少し離れた所になります。

ま、当然ながら武家の子息ならまだしも、諸説有りますが、通説として貧しい農家の出という事で、出自については確かなことはわからないというのが正解になるような。

豊臣秀吉ゆかりの「太閤山 常泉寺(上中村)」

また、秀吉と多いに関係あるのが、中村公園に「太閤山 常泉寺(上中村)」という日蓮宗のお寺さんがあります。

尾張名所図会太閤山常泉寺

常泉寺は1600年慶長年間、秀吉に命じられ、加藤清正並びに開山である圓住院日誦上人とで創建されたと言われている。

所在地は愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷47番地

「中村区中村町木下屋敷」、いかにも秀吉に縁がありそうな地名ですね。

また、父親が百姓をやりながら織田家の足軽をやっていたと言われる木下弥右衛門(きのしたやえもん)という所以があるかも。

その「太閤山 常泉寺(上中村)」の『略縁記』という古文書が手元にありますがそれを所々読んでいると色々な事が書かれています。

太閤山常泉寺略縁記表紙

太閤山常泉寺略縁記内容

豊臣秀吉は「天文 丙申(てんもん へいしん)」正月元旦男子生誕と書かれており、調べると1536年なんですね。

申なので申年(さるどし)だからサルと呼ばれていたかも。

そしてこの『略縁記』の文中で、「秀俊」の名が出てくるが、後に秀吉の養子になった「小早川秀秋(こばやかわ ひであき)」の事なんですね。

小早川秀秋はあの天下分け目の関ヶ原合戦で秀吉側だったのに裏切りで徳川側に付いた武将ですね。

まあ、寝返り裏切り行為の真偽はよく判らないが戦国の世では珍しくない出来事かなと思います。

いや、戦国の世でなくても現代でも寝返り裏切り行為は多くあるような。。。。。。

加藤清正の出生出身地と伝えられている正悦山妙行寺(みょうぎょうじ)

そして、忘れていけないのが、熊本城(熊本県)を築城した「加藤清正」も同じ中村の出生出身地です。

名古屋城の築城にも加わってました。

「妙行寺」の所在地は愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷22

創建時期については不詳となっているが常泉寺の隣にある同じ日蓮宗のお寺さんになります。

加藤清正木像

尾張名所図会太閤山常泉寺

何だかとりとめのない文になって違う方向に行きそうなのでまだ他にも色々ありますがこのへんで…。

おっと忘れていました、当店はその「尾張国・中村」現愛知県名古屋市中村区内にあります。

という事で。